横浜地方裁判所 昭和52年(レ)73号 判決 1978年8月03日
控訴人
大出博
右訴訟代理人
草野多隆
右訴訟復代理人
沢田正道
被控訴人
雨宮康之助
主文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
主文同旨
二 控訴の趣旨に対する答弁
本件控訴を棄却する。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被控訴人は、昭和三年八月、控訴人の先代である訴外大出祥に対し、同訴外人の建物所有を目的とし、東京都台東区清川一丁目三〇六番一宅地276.52平方メートル(以下本件土地という)を賃貸引渡した。同訴外人は昭和一九年一二月死亡し、控訴人がその相続人として同訴外人の右賃借人たる地位を承継取得した。本件土地の賃料は昭和四七年三月当時月額金二万五〇〇〇円であり、その支払期日は当月分月末払の定であつた。
2 被控訴人は、昭和五〇年二月二八日、自己を原告(以下単に被控訴人という)、控訴人を被告(以下単に控訴人という)として、地代値上請求訴訟(東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第三〇八七号)を提起(以下前件訴訟という)した。その請求の趣旨は次の(一)、(二)のとおりである。
(一) 控訴人は被控訴人に対し本件土地の賃料が昭和四七年四月一日から月額金五万円、昭和四八年一二月一日から月額金六万四〇〇〇円であることを確認する。
(二) 訴訟費用は控訴人の負担とする。
3 被控訴人と控訴人は、前件訴訟において、昭和五一年一二月九日、訴訟上の和解(以下前件和解という)を成立させた。作成された右和解調書には明白な誤謬があつたので、控訴人の申立により更正決定が昭和五二年二月四日なされ、その頃被控訴人及び控訴人に告知された。更正後の和解条項(以下前件和解条項という)は次の(一)ないし(五)のとおりである。
(一) 被控訴人及び控訴人間の本件賃貸借契約における月額賃料が、昭和四七年四月一日から昭和四八年一一月三〇日まで金三万〇二三七円、昭和四八年一二月一日から昭和五〇年一二月三一日まで金三万八一〇九円、昭和五一年一月一日から昭和五二年一二月三一日まで金四万〇五六〇円であることを被控訴人と控訴人はそれぞれ確認する。
(二) 昭和五三年一月一日以降の賃料については、当事者双方が協議して定めること。
(三) 控訴人は被控訴人に対し、昭和四七年四月分から昭和五一年六月分までの右増額賃料と支払賃料の差額合計金四三万二八二五円を被控訴人方に持参または送金して支払うこと。
(四) 被控訴人はその余の請求を放棄する。
(五) 訴訟費用は各自の負担とする。
4 控訴人は、被控訴人に対し、本件土地の賃料として、昭和四七年四月一日から昭和四八年一一月三〇日までの間一か月について金二万五〇〇〇円、同年一二月一日から昭和五一年一二月三一日までの間一か月について金二万八〇〇〇円を継続して支払つていたため、前件和解によつて確定された増額賃料と右支払ずみ賃料との差額は、昭和四七年四月一日から昭和五一年一二月三一日までの間合算すると金五〇万八一八五円となる。
5 右差額の支払期後である各月初からそれぞれ昭和五二年一月三一日までの年一割の割合による利息は、合算すると金一〇万二二〇四円となる。
6 よつて、被控訴人は、控訴人に対し、右差額に対する借地法所定の年一割の割合による利息合計金一〇万二二〇四円及びこれに対する弁済期経過後である昭和五二年二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。<以下、事実略>
理由
請求原因1ないし4及び6の各事実は当事者間に争いがない。
そこで、前件和解において被控訴人の本件利息請求権が放棄されたか否かを判断する。まず、前件和解条項四項にいう「被控訴人はその余の請求を放棄する。」とは、その文理解釈上、被控訴人が訴訟物として取上げ請求しているところの実体法上の権利の一部を消滅させる合意と解すべきであり、そこで消滅させられた権利は、前件訴訟における被控訴人の請求の趣旨に含まれた権利に限られるものであり、この理は、前件訴訟が給付訴訟であると確認訴訟であるとなんら変るところはない。前件訴訟は、その請求の趣旨によると明らかに賃料の確認訴訟であり、本件利息請求権を含まず、従つて右利息請求権が右四項において消滅させられたと解することはできない。次に前件和解条項三項をみると、なるほど、同項は右和解条項一項で確認された権利関係の一部である差額金に関する給付条項であり、右和解条項中何故に右差額金についてのみ給付条項を設けたかその趣旨はかならずしもその文理上から明らかでないが、右差額請求権と本件利息請求権は、密接に関連するも法律上別個の権利であり、これらを独立させて処理することに何ら障害のないことを考慮すると、右三項の存在をもつて、被控訴人が右利息請求権を放棄したものと解することはできず、他に右解釈を覆えすに足る事実を認めるべき証拠もない。なお、控訴人主張のように、訴訟上の和解が紛争の一回的あるいは最終的解決を理想とするものであることは言うまでもないが、このことから直ちに、具体的に成立した訴訟上の和解が、当該訴訟において争いの対象となつた権利関係を越えて、それに関連する法律上の全紛争の最終的解決と常になるべきものでも、またそう解されるべきものでもない。以上、被控訴人の本件利息請求権が消滅したと解すべき根拠は前件和解条項中には認められず、この点に関する控訴人の主張はいずれも独自のものであり、採用することはできない。
ところで、借地法一二条二項によると、賃料について賃貸人と賃借人との間に協議が調わず、右賃料に関する裁判が確定した場合は、賃借人は賃貸人に対し確定した賃料から支払ずみの賃料を差引いた不足額について年一割の割合による支払期後の利息を支払うべき義務があるが、裁判による確定によらず、右当事者間の合意によつて賃料が増額された場合には、それが訴訟上の和解によるものであろうと訴訟外の和解であろうと、結局当事者間に協議が成立したこととなり、同法によつては、賃借人は右利息を支払うべき義務を負わないものと解される。それ故合意により賃料を過去に遡つて増額するような場合には賃借人において賃貸人に対し右の利息を支払う旨の約束をしない以上賃借人は賃貸人に対し当然にはこれが支払義務を負担しないものというべきところ、前記和解条項からすると本件和解にあたり控訴人と被控訴人間においてかかる合意がなされなかつたことは明らかで、被控訴人主張の本件利息請求権はそもそも、発生していないものというべきであるから、被控訴人の請求を棄却すべきところ、これを認容した原判決は不当であり、民訴法三八六条により、原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担について同法八九条、九六条を適用して主文のとおり判決する。
(清水次郎 松井賢徳 高梨雅夫)